宮崎吾朗監督『ゲド戦記』
原作とは別のアースシー世界
才能は遺伝しないのね、とつくづくと思い知らされた作品。
なにを書いても批判になるので、ぐっとこらえていたが、辛抱たまらんわ。
原作(アーシュラ・K・ル=グイン)を再編するならするで、やりようもあるでしょ、という感じ。
メーンのストーリーは『ゲド戦記』第3作の『さいはての島へ』。
そこへ第1作の『影との戦い』、第4作の『帰還』を組み合わせ、オリジナルジュースを加え、かき混ぜたら、マズくて飲めないミックスジュースになってしまった。
魔法使いは登場するものの、ヒロイックファンタジーのようなチャンチャンバラバラはなく、比較的静かに進行していく作品なので、気の毒な面はある。
ただ、原作の世界観、象徴、隠喩を少しも意に介さない、やり方では原作者の怒りを買うのも、あたりまえ。
第3作を忠実に映画化すれば、それなりの作品になっていただろうに。
残念。
もっとも不可解なのは冒頭のシーンでアレンが父王を殺すこと(原作にはない)。
なんで?
殺してもいいが、その場合、「殺す理由」をきちんと描いてくれないと。
ただ、二重人格だから、では、だれも納得できんでしょ。
ゲドとアレンがテナーの家を訪ねた際、テナーがゲドを見て、(アレンという見知らぬ人間がいるのに)「ゲド」と本名で呼ぶのにも驚愕。
もちろん、「ハイタカ」でしょ。
アースシーでは本名を知られることは致命的。めったやたらに本名はださんよ。
もうちょっと原作を読んでほしかった。
原作を素材としてしか利用しないのも、ひとつのやり方ではあるけど、10年、早いわ。











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